大井川鐵道新金谷構外側線 実物鉄道へ

 私が子どもの頃は、車窓を眺めていると時折、怪しい側線が分岐していきました。錆びた細い線路が本線と並行して走り、やがて建物の陰や草むらの中へと消えていくのです。
 「あの線路は、何のためにあるんだろう。どこへ続いているんだろう」
 気になるのですが、一瞬のことなのでわかりません。家族と一緒なので下車して探検するわけにもいかず、疑問は解消しないままでした。
 今は文献が充実している時代なので、そうした数多くの謎も調べれば解明できます。
 でも、肝心の怪しい側線自体が、ほとんど無くなってしまいました。
 数少ない残存例が、大井川鐵道の新金谷駅から大井川の近くに延びる構外側線です。元々は大井川からの砂利を運搬する目的で建設されたそうですが、現在も残っているのは奇跡に近いものがあります。
 しかもこの側線、一応現役なのです。さすがに砂利は運んでいませんが、不要な車輌を留置したり、解体するために残されています。
 当初の使命は終えたものの、雑多な車輌をたくさん抱える大井川鐵道にとって、まだ必要な側線なのです。

(2011.7.31)

(2011.7.31)

 新金谷駅構内の金谷寄りで、本線から直接左に側線が分岐していきます。
 本線と比べ、バラストの色の違いにご注目下さい。常に列車が通り、ブレーキをかける本線は、バラストが錆色をしています。


 住宅地の道路に沿って側線が延びていきます。このあたりは道床がしっかりしていて、バラストの色以外は本線と変わらない感じです。


(2009.3.28)

(2009.3.28)

 構外側線は左にカーブしていきます。


 滅多に列車が通らないはずなのに、妙に立派な踏切があります。


(2011.7.31)

(2011.7.31)

 踏切の先は右にカーブし、大井川と平行になります。
 線路はご覧の通り、雑草に覆われています。いかにも怪しい側線といった感じです。
 この先は工場の向こう側になり、並行する道路がないので、まわり道して終点に向かいます。


 1kmほど先で線路が分岐して、小規模なヤードになります。砂利採取線の典型です。
 川砂利ではなく山砂利ですが、小湊鐵道の砂利山線も同様でした。
 ヤードは雑草に覆われ、荒廃した蒸機が放置されています。C12でしょうか。


(2011.7.31)

(2011.7.31)

 蒸機の後方の草むらの中に、四角い棒が林立しています。これは長物車でしょう。


 雑草の下から錆びた台車が見えています。イコライザー付きの古い台車です。


 

(2011.7.31)

(2011.7.31)

  ボロボロになった電車が放置されています。原型をとどめているのは前面と屋根のみです。



  電車の後ろには、これもボロボロの蒸機がいます。C11です。
 検査期限は「21年12月」までとなっているので、放置されてからそれほど時間は経っていないはずなのですが、相当痛んでいます。


(2011.7.31)

(2011.7.31)

 蒸機の後ろには、ホッパ車が2輌います。ホキ800型です。
それにしても、ものすごい勢いの雑草です。ここは冬に来るべきでした。


 ホキ800の車番は、ホキ986とホキ989です。検査期限は「21年7月」までになっています。こちらは整備すればまだ使えそうです。


(2011.7.31)

(2011.7.31)

 これも古い台車。軸バネ式なので、客車用でしょうか。

 構外側線の末端部。線路は雑草の中ですが、頑丈そうな木製架線柱が終点を示しています。

 2019年に再訪したときのようすは、次ページです。
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