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(モ593 美濃 1998.12.28)
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魅力的な、あまりに魅力的な情景の続く美濃町線の旅は、終点の美濃で最高潮に達します。
山に囲まれた盆地の、小さな町。緩やかな斜面を削った、僅かな平地に広がる終着駅。低くて狭いホームに短い上屋。屋根の錆びた、山小屋のような駅本屋。
その手前に架線柱と車止め標識が立ち、架線も線路もここで終わりです。
赤い電車がその手前で止まると、新関から14分、徹明町からなら70分余りの美濃町線の旅も終わります。
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美濃駅の駅本屋は、美濃電以来の古い建物ですが、よくまとまった好ましい形態でした。窓枠がアルミサッシ化されず木製のままで、いい味を出しています。
線路の行く手を遮るように直角に建っているのも、いかにも終着駅です。
有人の出札口がちゃんとあり、改札口の左手には電車、右手には神社の鳥居が立っています。
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時刻表を見ると、朝夕以外は1時間に1本で、路面電車らしからぬ本数です。
でも、平日6時49分に、新岐阜行きと徹明町行きが同時発車となっています。これは続行運転で、ここだけはさすがに路面電車です。
運賃表を見ると、新岐阜まで660円。あまり安くはありません。
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駅の西側は、一段低く畑になっていました。その間の狭いスペースに、樹木と斜面、石垣、そして灌木があり、レイアウトに取り入れたい変化のある情景でした。
駅前を少し歩くと長良川鉄道の線路があり、レールバスが軽快に走っていきました。
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出札口から改札方向を見ます。
やはり、大手私鉄とは思えない、ローカルムードの横溢した景色です。
「こんどの発車は1番線から」と、札が下がっているのも地方私鉄のような感じです。
発車時刻が近づくと、乗客がパラパラと集まってきます。
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(モ593 美濃 1998.12.28)
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モ590形は1957年製で、生え抜きの電車です。
本来は市内専用でしたが、ギア比を変えて高速化し、美濃町線に転用されました。
当初5輌が製造されましたが、この当時残っていたのは3輌でした。
これといって特徴のないスタイルで、個性派揃いの名鉄600V区間にあっては目立たない存在でした。でもその平凡さが、のどかな沿線風景に良くマッチしていました。
この頃は非冷房でしたが、後に2輌が冷房化されています。
日中は1輌だけの機織り運行でしたが、前ページにも記したように、座席に座れない乗客がかなりいるくらい混んでいました。
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(モ593 美濃 1998.12.28)
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路面電車らしい低いホームには、細い上屋が電車1輌分だけ掛かっています。
以前は2面3線でしたが、3番線は撤去されています。
ホームの壁面は、卵形の丸石を積んだものです。
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(モ593 美濃 1998.12.28)
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(モ591 美濃 1998.12.28)
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岐阜方向は、こんな感じです。
右奥へ、坂を下りていくのが本線です。左は3線に分かれ、留置線になっています。
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(モ591 美濃 1998.12.28)
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留置線にたたずむモ591。
いかにも模型的な情景です。
ここにはかつて、ささやかな車庫がありました。
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(モ593 松森〜美濃 1998.12.28)
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名古屋鉄道という、日本を代表する大手私鉄の一路線でありながら、美濃町線は、古き良き時代の日本の田舎を体現したような存在でした。
洗練された都会の路面電車ではなく、蒸気機関車の似合うような山岳路線でもありません。平凡な地方都市や農村風景の中を、たった1輌の小さな電車がトコトコと走るだけ。特別なものは何もない、日常生活の一部のような鉄道でした
でもそれは、鉄道や旅を愛する者が思い描く、究極の理想を現実化したような路線でした。
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