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2017年8月27日、小湊鐵道で保存されているキハ5800が、一般公開されました。車内まで公開されたのは現役引退後、初めてのことです。社員の方以外の人が入れたのは、約30年ぶりのことになります。
この廃車体、通常は機関庫内で倉庫となっています。
今までも外からなら、機関区の見学許可をいただければ自由に撮影できましたし、前ページのように庫外に引き出されたことも2度ありました。
でも、車内に立ち入ることは出来ませんでした。
今回は車内も見学できるとのこと。これは何としても行かなくてはなりません。前ページに書いたように、私にとっては子どもの頃に何度も乗車した、思い出深い車輌なのです。
当時はキハ200と2連で、五井〜上総牛久間の区間運転にしばしば使われていました。乗客が今より多く、列車本数が少なかったので、単行運転は希だったのです。
鉄道部の方のお話では、海士有木まで何度か運転したとのこと。そうそう、当時はゴールデンウィーク中のみ、五井〜海士有木間に1日5往復程度の臨時列車が運転されていたのです。海士有木駅から2kmくらいのところに「千葉県子どもの国」があり、家族連れを運んでいたのでした。確かに5800形が単行で走ったのを見た覚えがあります。もっとも駅から「子どもの国」までバス等は無く徒歩だったので、乗客は少なかったのですが。
「千葉県子どもの国」は後に、「千葉県子どもの国キッズダム」と改称されました。
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五井機関区に着いたとき、キハ5800は庫内の定位置にいました。
でもいつもと違うのは、木製の階段が2ヵ所に据え付けられ、そしてドアーが開いていること。
さあ、階段を上って車内に入ってみましょう。
私の記憶では、車内はクリーム色のペンキで塗られ、座席は青いモケットでした。半鋼製車ではありますが、キハ200とあまり変わらない雰囲気だったと思います。と言うより、キハ200の登場後に近代化改装され、合わせたのでしょう。なおキハ200の座席も、現在は黄金色ですが、かつては青でした。
外観も改装されていて、登場時は1灯だった前照灯が、キハ200に合わせて2灯化されています。
キハ5800形の5年前にやはり買収国電を気動車化したキハ6100形も、1灯だった前照灯を後に2灯化しています。でも車内は改装されず、木部はニス塗りで座席は緑色のビニール張りのまま。だから6100形は主に機関車代用で、多客時しか乗客を乗せませんでした。
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車内は…暗いです。
社員の方にお聞きしたら、照明は付いているがバッテリーを外してしまったので、点灯しないとのこと。うーん、仕方ないですね。
客室内の照明は、左下写真の丸い物。通風機も兼ねたタイプです。カバーの中は確か丸形の蛍光灯だったと記憶しているので、社員の方に確認したらやはりそうでした。
運転室の天井は下写真の通りで、これは白熱灯です。夜間は、運転士さんがこれを点灯して準備をし、発車直前に消灯していました。
車内の様子は概ね記憶通りですが、今回初めての発見は、車内放送用のスピーカーが付いていないこと。社員の方のお話では、車掌さんが「次は○○です」と言って車内を回ったそうです。言われてみると、そうだった気がします。
天井は木製で、クリーム色のペンキが薄れ、木目が見えています。
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長い間、倉庫になっていた割には、車内はきれいです。傷みの目立つ外観から、もっと老朽化が進んでいるものと思っていました。まあ、一般公開に備えて社員の皆様が丁寧に掃除なさったのでしょうが。
車内は窓枠も含めて木製です。でも記憶は正しくて、クリーム色のペンキで塗られています。座席も青いモケットで、明るい印象です。
でも記憶と異なる点が。座席の背ずりがキハ6100形と同じ、緑色のビニール張りなのです。あれっ、そうだったかなぁ。まあ私は同型車のキハ5801に乗車した記憶しか無いので、あちらは背ずりもモケット張りだったかも。しかもよく見ると、座面はビニール張りの上にモケットを張っただけ。たぶん、登場時は座面もビニール張りで、近代化改装の際にモケットを張ったのでしょう。
なお社員の方のお話では、キハ6100形も2輌のうち1輌はキハ5800とは逆に、背ずりのみモケット張りだったそうです。私がキハ6101に乗車した時の記憶では座席は全てビニール張りだったので、背ずりにモケットを張ったのは6100でしょう。
ドアーは鋼製です。記憶では自動ドアーでしたが、やはりそうでした。現役時代は、「自動ドアー」という白い字のステッカーがガラス面に貼ってありました。
当時、キハ200形は半自動ドアーだったので、5800形の方が近代的でした。
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運転席は旧型気動車にありがちな、半室で狭いタイプです。
機器類は標準的な配置です。子どもの頃には速度計を見て、時速120kmまであったのを微笑ましく感じました。今回改めてみたら、確かに120kmまでありました。
もちろん、実際の運転ではキハ200形同様60kmまででしたよ。
狭いので、座席は折りたたみ式です。
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手ブレーキハンドルはキハ200形のような丸形ではなく、折りたたみ式の棒状の物。
吊革は平凡です。
運転席後ろの禁煙区間表示、懐かしいなぁ。昔はキハ200形にも全車、これが付いていました。禁煙区間は乗客の多い五井〜上総牛久間のみでしたので、その先は当然のようにタバコを吸う乗客が散見されました。
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半鋼製車ですが床材が張られています。ここも木製そのままだったキハ6100形と異なる点で、車内をキハ200形に近い、明るい感じに見せていました。
網棚は意外にも網ではなく、金属製です。
カーテンは昔の車輌でよく見た、緑色の巻き上げタイプ。これもビニール製でしょうか。
社員の方に「走るとかなり揺れましたよね」と話していたら、周囲の見学者の方々から「えっ、乗ったことあるんですか」と驚きの声が。「ええ、何度も乗りましたよ」と平静を装い、でも心の中は優越感に浸りながら話した私。
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当初の予定では庫内での公開のみでしたが、小湊鐵道側のご厚意で、午前と午後に各1回、庫外へ引き出していただきました。
牽引したのはキハ210。休車中のキハ209と同様、車体更新を受けておらず冷房化されていないので、夏場だからこの役に抜擢されたのです。
キハ200形との2連です。ああ、懐かしい。昔よく見たんだ、この編成。見ただけでなく乗りました。
外観は、2012年に庫外へ引き出されたときと変わっていません。大事に保管されていたのですね。
ところで下写真の運転室側面を見て、何かお気づきになりませんか。
そう、屋根へ上るための折りたたみ式ステップが付いています。その部分の屋根には手すりもあります。これは、かつて電車だった証拠の一つ。気動車は屋根に上る必要がありませんから、付いていません。
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鉄道部の皆様と話していたら、「こんなに人気が出るなら、5801とか6101とか、残しておけばよかったよ。鶴舞で壊しちゃったんだ」と苦笑なさっていました。
まぁ、確かに残念ではありますが、それは40年前、1977年のことです。
当時は戦前製の古い気動車なんていくらでもいて、しかも現役で走っている車輌も珍しくありませんでしたからね。仕方ないのでしょう。
この1輌は残り、車齢は100年を超え、しかも現存する唯一の電車改造気動車です。
今後もずっと保存していただき、可能なら常時見学可能な状態にしていただけると嬉しく思います。
懐かしく、そして楽しい一日でした。
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