小湊鐵道の鉄道遺産A 前ページへ 実物鉄道へ 表紙へ

 2016年の1月19日から2月14日まで、「こみなと稲毛ギャラリー」にて開催された、「SATOYAMAイズム!小湊鐵道のアートな楽しみ方」では、物品だけでなく貴重な資料の展示もありました。そのほとんどは、初めて見るものでした。
 このページでは、それらをご紹介いたします。

 

 (写真は全て2016年2月6日撮影)

 開通時の記念絵葉書等。
 これはとても貴重な物ですね。
 安房小湊の誕生寺や、沿線の笠森観音、万田野の砂利採取場などが写っています。
 左写真は五井駅構内。現在の内房線の線路上、姉ヶ崎寄りから撮影したものですね。奥の方に小湊鐵道のホームと、ホーム上の待合室も見えます。
 右写真は鶴舞城跡と、鶴舞町駅構内に建てられた発電所。鶴舞町は、現在の上総鶴舞駅です。発電所の建物は、現在も保線倉庫として健在です。発電所は業務用電力のための設備でしたが、後に電灯事業も開始しました。そして開業時の小湊鐵道は、将来の電化を予定していたのでした。

 左写真は絵葉書が入っていた封筒です。

 右写真は「小湊鐵道事業大要」で、いろいろと興味深い内容が記されています。物産としては真っ先に万田野の砂利が挙げられており、米穀や野菜、果物などが続きます。里見から小湊までは工事準備中とのことです。取締役社長は安田善助となっています。


 左写真は戦前の社用封筒。「昭和」と書いてあり、路線図は中野まで載っています。中野から小湊までは、工事中と書かれています。


 右写真は笠森観音の絵葉書。現在はひっそりとしていますが、信心深い人々の多かった戦前は、参拝客もそれなりに多かったのでしょう。
 最寄り駅は上総牛久ですが、4km以上離れているのでバスに乗り換える必要があります。
 後にこの手前側を南総鉄道が左右に横切り、笠森寺駅が開設されます。つまり、茂原から南総鉄道で行けるようになったわけです。
 もっとも、周辺の人口は僅少で、南総鉄道は経営難に苦しむことになります。開業から廃線まで、僅か9年でした。
 

 里見まで開通した頃の「沿道地方略図」です。
 省線もまだ、建設途上ですね。現久留里線は久留里まで、木原線はありません。
 

 月崎まで開通した頃の運賃表と時刻表。
 大正十五年九月一日改正と記されています。
 時刻表を見ると、2運用で8往復半の運行で、区間運転はありません。上り3本下り1本は季節運転で、実質は7往復です。省線も8往復ですから、妥当な本数だといえるでしょう。
 五井から月崎までは、75〜80分もかかっています。蒸機牽引の混合列車だったのでしょうが、それにしても遅いですね。途中で貨車の入替をしながら走っていたのでしょう。

 開業当初の路線である五井〜里見間の青焼き図面。
 この日は展示されていませんでしたが、駅本屋や機関庫等のストラクチャーの青焼き図面も保存されているそうで、ぜひ見てみたいものです。
 こちらは一転してカラフルな沿線案内図。むろん戦後の物です。
 名勝の紹介やハイキングコース、釣り情報など、レジャーの案内ですので、1950〜60年代の物でしょうか。

 その他、会場内で最も驚かされたのが、上映されていたモノクロの動画でした。これがなんと、小湊鐵道を旧陸軍の鉄道連隊が建設している様子を撮影した物だったのです。
 この動画も撮影しましたので、別レポート「小湊鐵道を建設する鉄道連隊」にまとめます。
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